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全世界で流行しているCovid-19(新型コロナウイルス)により、2020年度のプロ野球スケジュールに影響が出ています。この前代未聞の状況に対し、プロ野球12球団は5月25日にオンライン12球団代表者会議を開催し、6月19日よりセ・パ両リーグで公式戦を開幕することを発表しました。全国の野球ファンが安堵するニュースでしたが、感染拡大の懸念から、当面の間は無観客で行うとのことです。

ルールの変更も

出場選手登録人数は現行の29人から31人に、試合に出場可能なベンチ入り人数は25人から26人へ拡大されます。今シーズンに限って、野球の名場面ともいえる延長戦は10回で打ち切りとなります。悲しいですが、仕方ないですよね。このコロナ特別ルールは、球団間のトレードにも適用され、補強期間が2か月延長となり、現行の7月31日から9月30日へと変更になります

母国に帰らずに開幕を待つ外国人選手たち

気になる外国人選手枠ですが、4人から5人への拡大も検討されています。今シーズンから阪神タイガースに加入するJ・ボーア選手が「1年目からいろいろなことを楽しみにしていたし、開幕する限り、アメリカに帰ることは考えなかった」とインタビューに答え、コロナ禍の日本に残り自主トレーニングに励んでいる様子は、多くのファンに希望を届けてくれました。西武の新外国人、C.スパンジェンバーグ選手も、同僚であり先輩にあたるE.メヒア選手とトレーニングを続け、士気を上げています。

ファンミーティングもオンラインに

コロナ禍でも野球を盛り上げたい!という熱い想いから、オンライン上での新しい試みが実施されています。「パ・リーグ FANS MEETUP 2020」は、開幕を前にリーグ各球団の代表6選手がオンライン上に集結し、今シーズンの意気込みや、各チームの現況、シーズンの展望等についてトークを展開し、ファンと想いを共にしていくイベントです。KONAMIと日本生命およびNPB(一般社団法人日本野球機構)が共同主催する「日本生命 “バーチャル”セ・パ交流戦 powered by eBASEBALL」も、通常の交流戦をオンライン配信するそうです。

NPB 2020

長い歴史を誇る日本のプロ野球の選手からたった5人を選び出すことが、極めて困難な作業であることはわかっています。しかし、それでも泣く泣く5人に絞って、偉大な選手たちを紹介していきたいと思います。

長嶋茂雄

長嶋茂雄 日本プロ野球を代表するスーパースター、長嶋茂雄は絶対に外せません。記録よりも記憶、と言われることが多い彼ですが、その成績も凄まじいものでした。

王貞治

王貞治 長嶋と双璧をなすスーパースター王貞治。彼の通算本塁打数868本は、もちろん現在も破られていない世界記録です。国民栄誉賞の最初の受賞者でもあり、まさしく伝説のホームラン王です。

落合博満

落合博満 日本プロ野球史上唯一、3度の三冠王に輝いた天才バッター。ホーム球場が狭い川崎球場だから打てた、というアンチの声をかき消すかのように、セ・リーグに移籍してからも変わらず打ち続けました。

野茂英雄

野茂英雄 単純な成績比較では他の4人に見劣りしますが、しかし彼が日本プロ野球界に残したものは、記録以上のものでした。当時、日本選手では通じないとされていたメジャーリーグに挑戦し、奪三振王と新人王に輝いたのです。彼がメジャーで残した通算123勝という数字は、現在でも日本人トップです。

イチロー

イチロー 日本プロ野球が生み出した史上最高の安打製造機がイチローです。それは日本だけにとどまらず、メジャーリーグの舞台でも同様でした。通算の安打数4367安打は世界記録。メジャーだけでも3089安打を放ち、メジャー史上23位に位置しています。

日本における野球の始まり

皆さんご存じのようにベースボールというスポーツが生まれたのは、米国でのことです。そのベースボールが日本に伝わり「野球」となるわけですが、伝えたのは当時の東京開成学校予科、現在の東京大学で教師をしていた米国人、ホーレス・ウィルソンと言われています。つまり日本で初めて野球が行われたのは、彼が来日した1871年以降ということです。ウィルソンが生徒に教えたことで、野球は学生スポーツとしてその後日本全国に広まっていきました。そのため日本の野球は、アマチュアスポーツとしての人気が先行し、プロ野球人気が高まるのは第2次世界大戦以降のことになります。

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長嶋茂雄の登場とプロ野球の発展

プロ野球がアマチュア野球を超える人気を獲得するのは、戦後にアマチュア野球のスーパースター、長嶋茂雄がプロ入りしてからです。東京六大学野球リーグで活躍した長嶋は、多くのチームの誘いの中から読売ジャイアンツを選びました。この選択が、日本のプロ野球人気を高めることになったのです。

当時のジャイアンツは、王貞治というもう1人のスーパースターも擁する史上屈指の強力なチームでした。この2人がいたジャイアンツは、空前絶後となる9年連続日本一に輝きます。この時期「巨人、大鵬、卵焼き」という言葉ができたように、ジャイアンツは日本の戦後復興の象徴となり、それが彼らを国民的人気チームへと引き上げました。そんなジャイアンツの人気に引っ張られ、プロ野球は日本の国民的スポーツになったのです。

米国プロ野球と日本プロ野球の違い

こうして日本で国民的な人気を獲得したプロ野球ですが、野球の母国、米国のメジャーリーグとは発展の仕方が大きく違いました。米国では個人であるオーナーが球団を所有しますが、日本では企業が球団を所有することになったのです。これは戦後の日本では、1人で球団を所有できるほどの富豪がほとんど存在していなかったことや、プロ野球自体が企業の宣伝も兼ねながら発展していったことが理由です。現在でも「読売」ジャイアンツや、福岡「ソフトバンク」ホークスのように、日本のプロ野球チームには企業名が冠されています。